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サブカルチャー研究部

Author:サブカルチャー研究部
サブカルチャー研究部。
何でもアリ部活。

この二つは同義である。
着ぐるみを作っても、紀行文を書いても、軍事研究をしてもいいのです。
よくよく考えたら、世間で言う「サブカル」ってあんまりやってないな。
部員が世代交代し、これからどうなるのかが心配な……もとい楽しみな部活です。

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湘南にある男子校のサブカルチャー研究部などという残念な部活でございます。
幅広いジャンルを網羅しているきもい人達がいます。
ネット上での知名度を上げたくてこれを作りました。今は反省している。
おともだち大募集中です。コメント、リンクなど気軽にしてください。というか頼むからコメントしてくれ。
あとは↓を見てくださいな。

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もののふ


武士と書いてもののふと読む・・・のかと思ったらそんなことはなく、MUSAとか読んだりするんだな。クソ映画のにおいがする。
サブカル研部員の方であればご理解頂けよう。
そもそももう部誌じゃなくてOB会誌なのよね。

ということで皆様、OB会誌第0号的なものがそろそろ出るっぽいですよ!
っぽいというのは僕に、原稿書いて、みたいな話が来たので。これ書いてる暇があるならそっちやれよっていう。
過去の未収録記事やら振り返り対談やら、サブカル研マニア(※いません)垂涎の仕上がりとなっておりまする!

という勝手な想像と断片的に伝えられる事実を織り交ぜた宣伝。
僕は本当にノータッチですゆえ、詳しいことはいさおくんかサルタヒコくんにメールで聞いてね。メールアドレスを知らない方は僕に聞いてね。僕も彼らのメールアドレスに関しては少ししか知らないので、詳しいことはいさおくんかサルタヒコくんに(ry

とまあ、ちょっとした告知ね。
そして、今月の20日と21日が我らがサブカル研(2代目)の文化祭という晴れ舞台っぽいので見に行ってあげてください。部活が無い可能性もあるのでしょぼかったとか存在してなかったとかの苦情は受け付けません。

以下ちょっと個人的話題
多分沖縄に行って来ます。オスプレイやらなんやらで揺れる沖縄(大きい島ひとつがオスプレイで揺れるってオスプレイどんだけすごいんだろう)を実際に見てこようかと。小学校の時からの友人とね(実は沖縄に行ったことがないのだが観光はできなさそう)。
それと寒くなってきて膝が痛いです。

ではみなさんごきげんよう

とこんめしんへんは↓

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おさひぶしり


最後の更新から10ヶ月以上も経ちました。
お久しぶりです。
サブカルチャー研究部の初期メンバーは全員無事卒業し、今は大学や予備校でサブカルな日々を送っているようです。
さて、ここでひとつお知らせが。
サブカルチャー研究部OB会のページが出来ました!
まだ何もないようですが。サルタヒコ君が頑張った模様。
そして会誌の発行も決定しました。
僕は直接的に関わっていないのですが、どうやら0号(諸事情で今までの部誌に載せられなかったもの)と1号(新規記事)は確定しているようです。0号は文化祭に合わせて出せたらいいかな、と言う感じ。結城くんの締め切りに間に合わなかったシリーズが読めるチャンスですよ皆さん!
僕も何か書くと思います。

ところで、この夏部活のメンバーや縁のある人々が集まる機会が何度かありました。
中でも、ほぼ全員が参加となったのが、8月頭に行われたBBQでございます。
写真掲載の許可を取っていないのと、掲載しても閲覧注意なので写真は無しです。
肉担当者が寝坊したとか、コストコで買ってきたとかいうどんどん油が出てくるヤバイお肉とか、見知らぬ兄ちゃんに池に落とされたりとか、楽しいひと時を過ごしました。

そして8月後半には、カラオケ会が催されました。一部のメンバーは参加できませんでしたが、これまた懐かしい感じで楽しかったですね。

個人的には独りで奈良に行ってきて、2年前の奈良旅行を思い出しました。せんとくんならしっているを未だに歌えてびっくり。

更に、このブログのお陰で知り合った方々とも交流は続いております。
ピクニック行ったりね。
瓢さんとゆきりんの分の長崎土産も買ったんですが、渡す機会があればいいな。

また
奈良まで歩くのもう一回やろうぜ!
とか
ホプリタイいい加減完成動画つくれよ!
とか
部活の後輩たちはどうしているのか
といった声が寄せられております。
今後の活動に乞うご期待(過度な期待はしないでください)。


時にはちょっと昔の話を


先日の文化祭、私が第二世代サブカル研を見て思ったのは
サブカル研の前身であった文芸誌企画(今から3年、文化祭で数えて4回前)に似ている、ということでした。

良い意味でも悪い意味でも、ね。
当時、何もかもが初めてだった我々は色々と苦労しましたし、展示もひどいものでした(去年に比べても)。
始めた理由も、目的も特に大したものでなく、ただみんな集まっている、という形。その為に色々な人に迷惑をかけました。
しかし、何かをつくり上げる、というのは楽しいものです。

今年の企画、悪く言えば色々と準備不足だったと思います(思いつきで人生を送ってきた私が言うのもアレですが)。
ただ、その点に関しては我々も文芸誌企画から段々と改善していったので、特に心配することもないとも思います。
良く言えば自由故に可能性に溢れている、と言ったところでしょうか。今では大分部員も増えたようですし、2名しか居なかった後輩との1年間で彼らに残せたのはポニラの着ぐるみ+αくらいのものですから、私が内容に関して偉そうに言うことはできません。
一つ言わせてもらうとしたら、常に新しいことに取り組め、ですかね。それが私の飽きっぽさの所以でもありますが。
とにかく、楽しいのが一番ですよ。自分も周りの人もね。


さてさて、ひとりごとのようなものを書きましたが、もう部活としての活動はしていないので特に書くこともないのですよ。何か知りたいことがあればコメントにてお願いします。ネタが欲しい。

恐らくもうwikiだけで成立すると思うので、いずれここは閉鎖、という形になるでしょう。
そこでちょっと過去を振り返ったり。
最初の頃はwikiもありませんでしたから、ここで色々と報告をしたりしたものです。暇だったので毎日のように更新したり、怒人とか個人的なことを話題にしていましたね。
そのうち段々と活動の成果報告が主体になり、そして活動の成果報告すら溜めこむというね。
ブログやってて良かった、ってのはやっぱり多少なりとも外部の人と関わりが生まれたことでしょうね。遠く遠く離れた瓢さんと会うところまで行ったわけですし。
悔いるとすれば、時間が足りない、ってところでしょうか。あと3年くらいあればカッコイイホームページ作って色々と動画を載せたりしたのでしょうが。ちなみにホプリタイ計画の方は部活としてではありませんが私といさお氏で続けております。彼が忙しくなくなる来年春までには動画をアップロードしたいと思います。
とはいえ、部活を引退しても、どこかへ行っても、我々のサブカルチャー生活が終わるわけではありません。
当面の心配は卒業アルバムの写真が顔出さずに撮った写真になっているか(ベイダー卿とかヘルメットとかしてた。そうでないのを使いたいと言われたけれども、是非に、とお願いしておいた。まあ勝手に変えられてるろうな)などという非常にくだらないものです。

もう一冊くらい部誌出そう、って話もしてたんですけどね、皆さん忙しいから無理かな?
私はトーテムポールでも作ろうかな、と思っています。
何かあったらまた書きに来ます。
それでは


さて何をしようか


お久しゅうございます。まだ見ている人がいれば、ですが。
更新していない間に色々なことがあったね。
私も色々なことをしました。
私はどうも定期的に、持続的に何かするということに向いていないようです。

さて、前回の記事まで文化祭の紹介やらをしていましたが、もう今年度の文化祭も終わったので簡潔に完結させます。
その他の報告事項
・射的大人気
・人がわりと来た
・TRPGは2回出来たよ! やったね(ry
・昨年度よりは良かったけど、改善点もあるなあ
・だが今年で最後か
・後日発表のアンケート結果では、「世界を表現していた展示団体」2位、来場者数でも発表の上位3団体には入らなかったものの5位前後だったとのこと

こんな感じですか。
今回の文化祭も、同級生の皆さんはお勉強とやらで忙しいようなので私が代表してチラっと見てきたんですけどね・・・・・・
「まあ、なんだ、その、頑張れ」
こんな感じですかね。
我々の初年度に似ています。
現部長は後2年あると思うので、今後に期待したいと思います。





今日は何のお話かというと、夏の話です。
と言っても何を書けばいいか今ひとつわからないのですが、色々書こうと思います
三宮のマクド(関東ではマックって言うけども関西は本当にマクドって言うの?)かなんかで撮った瓢さんの写真を貼り付けても私は一向に困らないのですが(当たり前か)、ご本人に申し訳ないので止めておきます。

さて、昨年の8月も終わりごろ、夜中に私とウルーシュ(文芸誌発案者)といさお氏(副部長)とサルタヒコ(アブナイヒト)と奇術部いん(ブラックホールマン)はムーンライトながらに乗って西の方へいい日旅立ちしました。岐阜の大垣に着いて、ウルーシュといさお氏と奇術部いんはけいおん!の聖地巡礼をするとか言って(車内で見てない回の話を見ている人もいました。巡礼に間に合ったのか?)、夕方に京都で落ち合う約束をして別れました。
そして、私とサルタヒコは快速に乗り換え、私の鞄を普通の網棚に置いてきたことを思い出し、どっかの駅で降りてその列車に再び乗ったらそのまま置いてあるという危機一髪の経験をしました。
何だかんだで瓢さんとの約束より3年程早く大阪駅に着き、喫茶店で暇を潰し、待ち合わせ時間に大阪駅か梅田駅かの改札に行きました。
当時の写真を見ている限り、私の髪はさほど長くなかったようですが、目印が蝶ネクタイとぬいぐるみ、ということだったので見つけやすかったかと。確か瓢さんはPSPと時計、だったような。
以下初めての会話(内容はうろおぼえウロボロス)
瓢「あ、どうも」
乳「どうもこんにちは」
瓢「乳酸菌さんですか」
乳「あ、いや、乳酸菌はこっちで、私はサルタヒコです」

思い出せばくだらないですね。大体初対面の人にはこういうことをします。その方が打ち解けられるので。

そしてクソ暑い中電車で三宮へ(たしか)。
とりあえずマクドナルドかなんかに入った記憶が。
そこで瓢さんに世界地図を描かせたり聖地巡礼してる組の写真を見せたり中華料理店の手伝いの人がどうの、と話したり。
その時のノートが一体どれだったのか、自由帳的なアレが多すぎて探しても見つかりませんでした。
その後瓢さんに三宮を案内され(オタショップが主。というか全て)
三宮駅周辺のホビー系のお店(メイトとかゲマズとか鉄道模型とかミリタリーとかいろいろ)の集積具合に驚愕し(横浜なんて目じゃないぜ!)、「流石兵庫! 極端な過疎地と過密地を両方抱える県だけあるぜ!」と意味のわからない関心の仕方をし、暑さから逃れるためカラオケ(シダックスだったかな?)へ。機種はJOYSOUNDだった希ガス。瓢さんが私の登録している歌を見て「ほうほう」と言っていた記憶。この前久々に見たら「こんなのだったのか」と思いましたよ。その時も既に登録している歌を忘れていたくらいですから。何を歌ったのかは記憶にない。
そうこうしているうちに時間が来たのでお別れ。意外とあっけなく。そして帰りの電車でサルタヒコは意外に面倒見がいいことが判明。そんでもって京都で待ち合わせのはずが自転車の聖地巡礼組が来ない。一時間くらい。夜遅くに奈良の宿に着き、その後は平城京遷都1300年祭を楽しむ。感想、せんとくんすげえ。

とまあ、こんな感じで終わった(その後帰り際にけいおん!の聖地のホームセンターとかハンバーグ屋とか京アニとか行きました。ウルーシュの行動力に驚愕。アニメのキャプチャ見せられて「このドライバーありますか?」って言われても店員さん困るだろ・・・・・・)旅行でしたが、瓢さんに会っての印象でも書いてみましょうかね。

・数学ができる(これは電話した時。その場で某模試の成績優秀者を見たら載ってるというね。成績優秀者として氏名を掲載されたくない場合はマークしてください、のアレにマークして意味を持つとかすげえ。何を言ってるかわからねーと思うが以下略)
・温厚(多分。裏があったらコワイ)
・友人に頭おかしい人(いい意味なのかはわからないが悪意はない。色々スゴイ人、的な)が沢山いる。サブカル研も頭おかしくないわけではないと思いますけどね。
・って、その時の記事を探そうと瓢さんのブログを乳酸菌で検索したら私の何気なく書いた文章を引用してもらった上に色々言及してもらってるよ。ナンジャコリャ。
・ブログを見ていて、そういや死刑制度の話もしたかな、と思った。それも含めて、瓢さんは表向き温厚そう(実際そう)だけども、本当は結構ガンガン行く所があるような気がする。少なくとも変化がないのはつまらないから嫌いな印象。私もですけどね。
・今見たらマクドナルドの雑談で医療と神の領域にも触れてるのね。昨日も文化祭で社会科学部の人と無理やり色々話してきたので、多分そんな感じで話を持っていったのだと思う。その辺から、瓢さんは友達多そうな印象。

こんな感じでしょうか。また会えたらいいね。


今回はこんな所で終わりにしますか。
このブログの終わらせ方も考えないとなー

以下へめんとこんしん(なぜか変換できない)


てねのもんもんすい


みなさんごきげんよう
10日程経過してしまいましたが4ヶ月に比べたらなんのその。
さあ、新・文化祭報告第三弾!

と行こうと思ったのですが、なんとも困ったことに以前報告したF1とか、文章主体の部誌、私が担当じゃないので正しい説明ができるかどうかなTRPG、等々、イマイチやりやすいコンテンツがございません。
しかし今からホプリタイ計画を書くのも嫌なので、とりあえず当時の原稿をコピペします。
要するに手抜きする理由を色々と付けていたわけです。これ書いてる間にひとつくらい紹介できるね。

で~ん
ホプリタイ計画
~古代ギリシアに想いを馳せる~

 ホプリタイ、と言って一体どれだけの人が理解できるでしょうか。
 しかし、ホプリタイを知らない方も、300(スリーハンドレッド)という映画を観たことのある方はいるのではないでしょうか。
 300は、ペルシア戦争において、スパルタを中心としたギリシア勢と、クセルクセス王率いる100万人のペルシア軍とのテルモピュライの戦いを描いたものでしたが、人数、装備、経過など、歴史的にはほとんど正しくない、というのが専門家の意見のようです。あくまで映画ですからね。
 しかし、主人公たちがホプリタイに近いものだと思ってもらえれば、なんとなくイメージができるかと思います。
 実際のホプリタイというのは、古代ギリシアを中心とした地域で活躍した重装歩兵のことを指します。当時、自由市民は、兵役の義務がありました。重装歩兵 の武器は自弁であったため、裕福な人、つまり社会的地位の高い人々のみがなることができました。古代ギリシアでは、社会に貢献する意志のない人は好ましく思われず、時に軽蔑されました。そのため、戦場からの逃亡者などは村八分的な扱いを受けた、との記録もあります。また、たとえ戦場であっても、ホプリタイの象徴ともいえる盾を紛失することは、ファランクス隊形(戦闘時にとった密集隊形のこと)における同胞を守る意思がないとされ、並んで忌み嫌われました。
 この企画は、そんな古代ギリシアの兵士の気分を、多少形は違えど味わってみよう、ということで計画されたものです。

・アスピス(盾)編
 さて、最初はホプリタイの象徴ともいえる盾です。この盾、海外ではhoplonやaspisと呼ばれているようですが、学術的にはaspisが正しいとのこと。
ホプリタイの盾は他の盾に比べ大きいのが特徴です。実際の大きさは時代によりますが、今回作るのは1000mm弱です。これは割と大きめです。ギリシア文化圏の盾はさほど大きくなかったという話も聞いたこ とがあります。後にマケドニア軍などで、サリッサと呼ばれる両手持ちの5~6メートルもの槍が採用されると、盾は片手に固定できる、より小型のものになり ました。
では、製作の手順ですが、最初に板を買います。1000m×1000mくらいの。今回は高かったので泣く泣く合板を買いました(それでも10000円以上)。高価格よりは高重量ということです。
次に、板の中心をとり、そこから紐を張って丸く円を描き、切ります。通常は専用の工具で切るのですが、今回はなんと鋸です。手挽きの。取り換え可能な刃でしたが、一本曲がってしまいました。当然です。
まあそういった苦労を重ねつつも、これを徐々に小さくしていき、積み重ねた時にはこのようになります。
実はこれ、サイズを間違えています。冷静に考えれば、外側に行くほど幅が狭くなるはずですが……。
SH370069.jpg

 この時点の重量はかなり重く、とてもじゃありませんがこれを持って戦えそうにはないです。
 そして、板同士を接着するためにボンドを塗っていきます。
 が、活動時間の制約などから、数日間にかけて作業を行ったため、板が反り始め、接着が非常に困難になりました。
 何とか貼りつけましたが、これが後に面倒な作業を生むこととなります。
SH370059.jpg
SH370077.jpg

 さあ、全てを貼り終えたらいよいよ削る作業です。段差を削り取って曲面に近づけていきます。
 ここで登場したのが私の誕生日プレゼントのベルトサンダーです。かなり安いモデルだったため、作動性が心配でした。
 ところが、削り始めると意外にもすんなり削れていきました。
IMG_0793.jpg

 と思ったのも束の間、作業が進み、接面積が増えるにつれてベルトサンダーへの負荷が大きくなり、削れるスピードは遥かに遅くなりました。また、ベルト自体も摩耗し、追加注文しなければなりませんでした。
そうこうしながらも大体の形が出来上がりました。逆接ばかりですが、ここでまた問題発生です。今度は先ほどの反った板の継ぎ目が接着しきれず、浮いていたところが出てきてしまったのです。そこで、浮いているところをカッターで削り、パテで埋めることにしました。
DSC_0185.jpg

 パテを盛り、翌日になってから削り取ります。このころには、盾も大分軽くなっていました。
 隙間が埋まったところで、次に来るのは布を張る作業です。ボンドが乾かないうちに綺麗に張らなければならないため、なかなか難しいです。
DSC_0190.jpg
IMG_0846.jpg

 布はこのように裏側にもボンドで固定します。
 そしていよいよ大詰めです。裏側に持ち手と固定のための紐をつけます。
DSC_0013a.jpg
DSC_0022a.jpg

 さて、これでほぼ完成です。あとは、縁の薄い部分の保護のためにもう一枚板を張るのと、お好みで絵を描くだけです。
 実際に会場に展示してありますので、あなたも是非その迫力を体感してください!

・スピア(槍)編
さて、守るのが盾ならば攻撃するのが槍、ですが……正直に言って、槍はこれと言って特筆すべきことがないのです。尖らせたら危ないし、せいぜいエンタシスもどきにすることくらいでしょうか。
 そう思って1500円で木の角棒を買ってきました。が、削るのがあまりに無謀だったので、改めてホームセンターに行ったところ、前回はなかった木の丸棒がありました。1600円。あの努力は何だったのでしょう。怒りを覚えつつも買ってきました。両端には安全のためスポンジボールもつけました。しかし、重いのと、やはり側面でも当たると危ないということで、立てて持つ時のみに限定し、結局塩ビパイプにスポンジカバーをつけました。ちょっと前に流行りましたね。こんなダイエット器具。

・キトン(衣服)編
 これは、実は古代ローマのトゥニカとほとんど同じなのです。様式は色々ありますが、最も簡単なものは長い布に穴をあけてそれを被り、腰の位置で縛る、というものでした。くるぶしまでの長いものが主流でしたが、軍人や子供はひざ丈のものを着用し、これらはキトニスコスと呼ばれました。ある程度身分の高い人ならばキトンの上からヒマティオンと呼ばれる外套を羽織っていました。
 これも実際に着ているので是非ご覧ください。

・脛当て、ヘルメット編
これらは当初、全て銅で作る予定だったため、道中大変な労苦が待っていました。鋳造できる設備がほしいものです。
最終的に、ヘルメットの被る部分のみプラスチック製で、他の部分と脛当ては銅で製作されました。
金床が小さいものしかなかったため、わざわざ北海道のリサイクルショップから買いました。これでヘファイストスごっこができます。わからない方は私にお聞きください。
SH370084.jpg

 ガスバーナーで加熱しながら脛当ての形を作りました。そして、ヘルメットのパーツとともに真鍮メッキスプレーを吹き、完成です。形を作るのはかなり難しいですが、それ以外は特に難易度が高いわけでもありません。
 ということでホプリタイの足元にもご注目ください。

・その他
 古代っぽいサンダルを100円ショップにあるものだけで作ることに成功しました。しかし、当時戦場では靴を履いていた、裸足だった、と言った話の方が主流で、実際にはサンダルを履いていたわけではなかったようです。

・まとめ
 一見愚かしく見えるこういった挑戦も、実際にやってみると楽しく、それでいて勉強にもなる、ということが改めて実感できました。これほど豪華な古代ギリシア兵ごっこはなかなかできません。海外では実際に作った人がたくさんいるどころか、既製品の盾や冑が売られているというのですから驚きです。
 未知に近いものを作るというのは、創造的で、楽しく、試行錯誤の繰り返しですが、上手くできた時の達成感はひとしおです。
 え? 次は何を作るのかって? 今度はあなたがローマ兵を作るんですよ!

製作:乳酸菌、いさお
文章:乳酸菌



やれやれ
画像のアップロードが大変でした。
なお、現在ではいろいろと進化したため、こんな感じです。
DSC_0013 (3)a
DSC_0021 (2)a
SH370096.jpg

さらに色々と変わっていたりするわけですが、後日動画を作る予定ですのでその時にでも。

さて、次回はすてきなしゃてき(3回言ってみ?)のおはなしでもしましょうかね。
では。



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